カリキュラム

目次

1.フィールドワーク(現地調査・体験学習)

 

・カリキュラムにフィールドワークが増えている
・フィールドワークの期間
・学んでから体験するか、体験してから学ぶか?
・なぜ、フィールドワークが増えたのか?

 

1.フィールドワーク(現地調査・体験学習)

 

カリキュラムにフィールドワークが増えている

 

カリキュラムにフィールドワーク(現地調査・体験学習)を取り入れる大学が増えてきた。

フィールドワーク(東北福祉大学サイト)とは?→こちらをクリック

かつてのカリキュラムは学内での講義が中心だった。
フィールドワークを行う学問領域は限られていて、
文化系のおいては、社会学・民俗学・文化人類学・考古学・歴史学、
理系においては、地質学・動物行動学・生態学が主であった。

これらの領域であっても、正規のカリキュラムの中にフィールドワークを取り入れている学部はほとんどなく、大学院で初めてフィールドワークを行うケースが多かった。

ところが、昨今は学部時代からフィールドワークを体験させる大学が増えている。

また、今までは座学中心であった経済学、環境学、文学といった領域においてもフィールドワークを取り入れるようになってきた。

フィールドワークの期間

 

期間は3種類ある。

(中長期フィールドワーク)

半期、あるいは通年を「フィールドワーク」に集中するケース。
この場合、他の科目を履修しないことになる。
メリットは、テーマ設定→事前文献調査→現地調査・体験→報告書作成という流れを流れに沿って組める点である。
デメリットは、現地での調査・体験の段階で、テーマや関心事が変化した場合、中途半端な体験に終わる可能性があることだ。

(短期フィールドワーク)

1週間~2か月程度、特定の領域を広く浅く学ぶケース。
夏季などの休暇期間をフィールドワークにあてるため、通常の科目を履修できる。
メリットは、短期であるため心理的および金銭的負担が比較的少ない点、およびフィールドワークが不調に終わっても通常の科目履修に影響を与えない点である。
デメリットは、フィールドワーク場所や内容を大学側が設定するケースが多いため、一人ひとりの関心に沿ったフィールドワークができない点、および自分で全てを考え行動することが保証されない点だ。
仮に自分自身でテーマを設定し、自由に場所と内容を選択できたとしても、おのずと体験と学びが限られる。

(随時)

通常の科目において、随時行うケース。

例を挙げれば、民俗学の講義で「祭り」がテーマとなったときに、教員が「地域の祭りについて調査しなさい」という課題を学生に与える。
学生は地元の図書館の郷土史コーナーで書籍を探したり、家族や親せきや近所の人から「祭りに係る行事」を聞き取る。
時期が合えば祭りに参加するなり写真を撮り、それらをレポートにまとめる。

現代の日常は、旧来のしきたりや人間の在り方に根拠があることに気軽に気付くことがメリットである。

 

学んでから体験するか、体験してから学ぶか?

 

これは、カリキュラムを年次ごとに組み立てるたびに議論になるところである。

(「社会調査法」などの基本的な科目を事前に学ぶことが前提である。)

フィールドワークをする前にフィールドワークのテーマに沿った多くの関連科目を履修し知識を修得させてからフィールドワークを体験させるべきだ、という意見がいままでは大半だった。

しかし、最近は逆のケースも増えてきている。
まずはフィールドワークを体験させてから、現場での「気付き」と「自分の力不足」を次年度以降の学内での学習の動機とさせるという意見である。

どちらが正しいということはないだろうが、私は後者が良いと考える一人だ。

「今どきの学生」といっては学生に失礼に当たるかもしれないが、ネットからの刺激が多い昨今、現場を見て聞いて体験することで得られる感動なり疑問をまずは学生に持ってほしいからである。

フィールドワークで得た自分なりの疑問を基に、卒業までの学習計画を立て卒業論文につなげて欲しい。

 

なぜフィールドワークが増えたのか?

 

「大学は社会から隔絶した場所でいいのか?」
という根源的な問いが大学の在り方を問う原点であることは多くの人が思うことであろう。

学生を学内で囲い込むよりも、日々動く社会に出してそこで学問の動機となる疑問点を見つけて欲しいという思い。
この思いがあるからこそ、カリキュラムにフィールドワークを置いたのである。

しかし、大学運営という視点に立つと、別の側面が見えてくる。

それは「産業界からの要請」である。
フィールドワークをカリキュラムに取り入れる理由は、単に学問のためではなく、企業が大学に求めていることの具現化の一つであるという側面だ。

日本の企業は新入社員を受け入れてから自社内で教育するという習慣があった。
社会に染まることなく真っ白な気持ちで自社に入社させ、愛社精神を持たせるべく新人教育を行う方が良いという時代が長く続いた。

だが、グローバル化とサービスの個別化の波に翻弄され、さらに経済構造の激変に伴い、新入社員に企業が期待することが変化してきた。
教わるのを待ってから学ぶという姿勢の新入社員に物足りなさを感じ、即戦力とはいかないまでも、現実に即して自分の頭で考え行動する人材を求め始めた。

次の資料をご参考までご覧になっていただきたい。

『これからの企業・社会が求める人材像と大学への期待』
(公益社団法人 経済同友会執行役 2016年3月9日JASSO 平成27年度キャリア教育・就職支援ワークショップ(東京)
こちらをクリック

『労働市場における人材確保・育成の変化』
(厚生労働省 平成25年版 労働経済の分析)
こちらをクリック

 

振り返れば、経済界と大学との力関係は、微妙な綱引きを行いながらも落ち着くところに落ち着いていた。

ところが今の時代、先の資料が示す通り、企業側から大学に対してここまで露骨に意向が表明されている。
企業へのインターンシップが入社への最初へのアクションとなっている現実すらある。

さて、フィールドワークである。

フィールドワークは、学生が社会の在り方に気付き、社会との関係性の中で自分が存在することに気付く良いチャンスである。
このことを大学がカリキュラムを組むことで支援するのは良い方向だと考える。

しかし、「経済団体が熱意と行動力を学生に求めるからフィールドワークをカリキュラムに取り入れる」という受け身の姿勢であるならば、それはいかがなものかと危惧する。

大学で学ぶことが社会で、特に企業で直接役立つことは少ない。
卒業生が社会で様々な疑問と困難に出会ったときに、大学での学びを活かせる人間を育てるのが大学存立の意義である。

フィールドワークはその一助としての科目であることを忘れてはいけない。