2.アメリカンフットボールと日本型組織

こんにちは。

連日、アメリカンフットボールに関する報道がなされていますね。

 

 

「内政と外交において大きな課題があるにも関わらず、アメリカンフットボール関連に報道時間を割きすぎている」
という意見も聞きます。

内政は「公文書問題」、外交は「北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の核放棄・米朝会談」のことを指しているようです。

統治制度と安全保障の観点ではその通りだと思います。

しかし、長期的視点からしますと、アメリカンフットボール問題は日本社会に根付く問題が如実に表れている重要な問題だと考えます。

 

何が問われているのか?

 

この報道を初めて聞いたとき、私はたんにアメリカンフットボールというスポーツの指導法に限った問題だと感じました。

しかし、報道が続くうちに、日本のスポーツ界全体の問題ではないかと思うようになりました。

さらに、両者の会見を見るうちに、日本のあらゆる組織の運営に通ずる問題だと感じました。

問題の本質を考えるに、組織論を超え、極論すれば日本論にも及ぶものです。

 

 

アメリカンフットボール部や他のスポーツに限りことなく、日本のあらゆる組織において、そして個人として、次のことを点検することが大切だと思います。

(ここで言う組織とは、公官庁、企業、家庭・親戚、地域社会、友人関連など、人が複数名集まった集団です)

 

1.教える/学ぶとは何なのか?

2.個人が大切なのか? それとも組織の継続が大切なのか?

3.一人ひとりの行動を律する行動規範は何なのか? 

4.行動規範の大本はどこから来ているのか?

 

ハラスメント、検査結果の偽造、リコール隠蔽、公文書破棄、、、

 

上司からの明らかな不正指示、あるいは不明確な言葉への忖度。

日本を代表する企業であっても、上からの圧力に自ら屈して不正を行う社員は多いです。

むしろ、上司に意見する人の方が少ないかもしれません。

 

 

特に、大企業であればあるほど稟議と指示構造が複雑なため、自分の不正による社会の被害を自分個人がダイレクトに受け止める機会はないかもしれません。

最初は指示に加担したくないという良心の呵責があっても、不正を続けているうちに、だんだんと麻痺してくることがあることでしょう。

 

ハラスメント、検査結果の偽造、リコール隠蔽、公文書破棄、、、。

今回のアメリカンフットボール問題は、日本のあらゆる組織に根付いた問題だと思います。

自分が属する組織の中で自分がどのような行動を取っているのか、そしてその行動の大本が何であるかを振り返る契機としたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1.京都大学の立て看板撤去について

2008年5月1日。

京都大学の立て看板の撤去準備が始まりました。

 

京都大学はご存知の通り、自由な学風で知られています。

その一つの表れが、大学周辺を囲むように立て看板の存在です。

 

京大、立て看板の写真

 

 

サークルの案内、イベントの告知、主張や風刺、、、、。

各種看板が入り乱れて脈絡なく立てられています。

 

(画像引用 http://www.rokusaisha.com/blog.php 2018年5月1日 号)

(画像引用 https://www.bengo4.com/internet/n_7825/)

(画像引用 https://twitter.com/kusyokuin/status/940187392069140480)

撤去の根拠として、大学は「京都市景観条例」を挙げています。

 

京都市景観条例と京大立て看板との関係について

 

京都市は住民の意見を行政に活かそうとしています。

その一つが「市長への手紙」という仕組みです。

以下に、京都市サイトの「意見の要旨と回答の要旨」をコピーします。

京都大学の立て看板について

ご意見要旨

景観を守る条例に違反するとして京大の立て看板が行政指導を受けている件で反対する。

回答要旨

 本市では,平成19年9月から新景観政策を実施し,屋外広告物につきましても,歴史都市・京都の景観を形づくる重要な要素として,屋上屋外広告物の市内全面禁止をはじめ,地域の特性に応じて「大きさ」,「色」,「表示できる高さ」など,きめ細やかな基準を設定し規制を行っております。

さらに,平成24年度からは,屋外広告物適正化に向けた取組体制を大幅に強化して取組を進めた結果,市民,事業者の皆様のご理解,ご協力により,現在では95%を超える屋外広告物が適正に表示されるに至っております。

この中で,京都大学周辺に置かれている立て看板等も屋外広告物に該当するため,掲出するに当たっては本市の定める基準を守っていただく必要がございます。

また,道路にはみ出すと道路法上の不法占用となるほか,強風等による倒壊も危惧され,通行に危険を及ぼすことにもなりかねません。

今回の指導は,広告物の表現内容を問題としているものではなく,広告物の大きさ,色彩,高さ等についての法令遵守及び歩行者等の安全確保を求めているものであります。

(回答日:平成29年12月11日)

担当課

都市計画局広告景観づくり推進室

 

以上、コピー終わり

(参考アドレス http://www.city.kyoto.lg.jp/sogo/page/0000229856.html)

 

回答要旨の文中に「京都大学周辺に置かれている立て看板等も屋外広告物に該当するため」とありますね。

この回答用紙によると、立て看板は屋外広告物に当たるそうです。
学生は広告のために立て看板を作成したのでしょうか?
表現のために作成したのです。

立て看板が広告物ならば、京都が誇る神社仏閣の建築物も広告物ではないかと思います。
今でこそ、日本の伝統ですが、建てた当時は宗教の権力を示すため、あるいは教えを具現化した建築物であったからです。

京都大学の立て看板も数十年の歴史を持ち、近隣の住民からも親しまれています(正確には、と思います)。

 

また、「今回の指導は,広告物の表現内容を問題としているものではなく,広告物の大きさ,色彩,高さ等についての法令遵守及び歩行者等の安全確保を求めている」とあります。

この回答では、表現の是非については触れていません。
なんだか、問題の本質を避けているように感じます。
表現物ではなく広告物だと認識する根拠なり考え方を京都市に示していただきたいです。

 

 

「こざっぱりとしてはる」。帰ってきた立て看板

 

2018年5月14日に、また立て看板が出現しました。

 

 

(3枚の画像引用:弁護士ドットコムNEWS)

 

「こざっぱりとしてはる」というコピーが京都らしくて秀逸ですね。

 

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